主基斎田

6月16日㈯早良区の脇山小学校で、脇山主基斎田90周年記念事業「お田植祭り」が行われました。

 

主基斎田とは、天皇が即位するときに、「即位の礼」と「大嘗祭」(大嘗祭)が行われ、その大嘗祭にはお米を献納します。お米の耕作地には京都以東より1カ所、京都以西より1カ所が選ばれ、京都以東より選ばれた耕作地を悠紀斎田(ゆきさいでん)京都以西より選ばれた耕作地を主基斎田と言います。

主基斎田、悠紀斎田が作られる主基地方、悠紀地方は皇居の神殿前庭で行われる亀の甲羅を使った占いで選ばれます。占いの結果主基地方として福岡県が選ばれ、36カ所の候補地の中から、水がきれいで収穫時期が早く、風俗人情が純朴ということで早良群脇山村が選ばれました。

耕作地決定の伝達から、京都への輸送に至るまでの約7か月、脇山は県を挙げての一大事業の舞台となりました。当時の6月5日~7日の3日間で田植えが行われ、交通機関も十分に発達していない中、約17万人が見物のため脇山を訪れたということです。

 

五穀の新穀を天地の神々に備える大嘗祭に献納するお米には、最新の心配りが求められたようです。記念式典が行われた脇山小学校の体育館に田んぼや水の衛生、害虫駆除、刈り取り後のお米の選別、警備、来場者を迎える準備の様子などパネルが展示されていました。

 

明治天皇の「早苗とる しづが菅笠 いにしえの 手ぶりおぼえて 懐かしきかな」の和歌に合わせ、脇山のお田植舞は受け継がれてきました。

脇山校区自治協議会文化部の皆さんは、「90年経った今日でも舞が受け継がれているのは、主基斎田として選ばれたことを誇りに思い、大事にしたいという思いが受け継がれてきたからでしょう」と嬉しく思われています。

 

10年後の2028年には100周年を迎えます。先人から脈々と受け継がれてきた早良のそして脇山の大事な宝を100周年を超えて次代に着実につないでいかなくてはと思います。