博多どんたく

「博多どんたく港まつり」は、200万人以上が集う、福岡を代表する市民の祭りです。市内のいたる所に舞台が設けられ、市民が参加する総踊りや華やかな花自動車などで街中が祭り一色に染まります。ゴールデンウィーク期間中、にぎわう祭りとしても知られています。

 

博多どんたくは、新年を祝う民俗行事「博多松囃子」が起源と言われています。「博多松囃子」は古くは博多で行われてきた正月祝賀の行事でした。

貝原益軒の「筑前族風土記」によると古老の伝えとして、博多松囃子は1179年(治承3年)に病没した平清盛の恩恵を謝すために始まったとされています。

また、博多の豪商神谷宗湛の「宗湛日記」には、1595年(文禄4年)筑前領主の小早川秀明の居城であった名島城へ博多の人々が松囃子を仕立てて年賀の祝いを行ったとされています。

一時中止されていましたが、1642年に再興され、松囃子一行に後続した趣向を凝らした出で立ちや出し物は「通りもん」と呼ばれ現在の博多どんたくにつながったといわれています。

 

「博多松囃子」は、「博多松ばやし」の名称で選択無形文化財に選択されていて、現在では、博多どんたくのイベントの一つに包摂されています。

 

「博多松ばやし」は、福神・恵比寿・大黒の三福神と稚児のグループから構成されていて、秀吉の太閤町割り以来の博多の自治組織である流(ながれ)によって当番が決められています。福神は福神流が、恵比寿は恵比寿流が、大黒は大黒流が受け持ち、稚児だけは稚児東流と稚児西流が2年ごとに交代で当番についています。今年は西流が受け持ちでした。

 

3日「第57回博多どんたく港まつりが」が開幕しました。2年続きで悪天候のため中止となったパレードや演舞台も盛り上がりました。

パレードには九州豪雨被災地の朝倉市と東峰村からも参加され、復興への強い思いが伝わってきました。